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フィリピンで墜落、黒沢軍曹の戦闘機 札幌出身か関係者、遺族捜す
太平洋戦争中の一九四二年(昭和十七年)、フィリピン・ルソン島で墜落した旧日本陸軍戦闘機の残骸(ざんがい)が現地で発見された。操縦していたとされる黒沢利貞軍曹(一九二一年=大正十年生まれ、飛行第五○戦隊所属)は、札幌に家族が住んでいた記録があり、関係者が遺族らを捜している。

 機種の特定などに協力した戦史研究家の菅原完さん(78)=神奈川県葉山町=によると、黒沢軍曹は四二年二月九日、97式戦闘機に搭乗して同島バターン半島上空で米軍のP40戦闘機と交戦。雲に覆われたマリビレス山の山頂付近に激突、行方不明となった。

 この際、P40戦闘機一機も墜落。米軍パイロットの遺族が「遺体を本国の墓地に埋葬したい」とフィリピン在住の関係者に捜索を依頼、今年一月、エンジンと機銃の残骸が見つかった。この写真が菅原さんのもとに持ち込まれ、専門家の鑑定の結果、残骸は97式戦闘機のものと判明した。捜索スタッフによると、現場で墜落した97式戦闘機は黒沢軍曹の機だけという。

 黒沢軍曹は戦後の四九年、札幌護国神社に祭られた。その際の記録では、父節介さんの住所が「札幌市北十六条西五丁目二○」とされている。このため、黒沢軍曹は札幌出身、または居住したことがある可能性が高いとみられるが、菅原さんらの調査では親族らの存在は確認されていない。

 菅原さんは「遺族に六十五年ぶりの機体発見の事実を知らせたい。希望されるなら、機体の一部の返還にも協力したい」と話している。情報は菅原さん(電)046・875・5231へ。
(北海道新聞 引用)
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